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密室の佐分利公使 

 1928年(昭和3年)6月に起こった『満州某重大事件』について調べているうちに、いろいろの参考文献があり、そのうちの一つ、松本清張の、「昭和史発掘」にゆきあたった。文春文庫の「昭和史発掘」2に、満州某重大事件に引き続き佐分利公使の怪死の章がもうけられており、興味深く読んだ。ところが、関連情報をネットで検索したところ、昭和ラブソディなるサイトを発見した。その内容は次のとおりである。

自殺も密室殺人に仕上げるのが推理作家の本分なら、「昭和史発掘」で佐分利公使の自殺を怪しい陰謀の香りに満ちた怪事件として世間に広めた松本清張の力量には皮肉でなくて敬意を表さねばなるまい。松本清張も勝手な思い込みから佐分利の自殺を他殺としたのではなく、佐分利の上司であった幣原外相が事件直後に他殺説をとっており、それをヒントにして構想を膨らませたのだと思われる。【中略】 佐分利は外務省の中でもこの幣原と同様に穏健派として知られていたという。そうした事から、軍による謀殺というストーリーが出てくるのだが、実際の事件の前後の様子を見ると、そうした憶測はちょっと無理があるようである。【後略】

 佐分利公使の事件は、1929年(昭和4年)11月のことである。松本清張は、

佐分利公使の怪死は、も早、一切の手がかりを失っている。しかし、筆者は、自殺よりも他殺を強く推定したい。まだ生きていた頃の丸山鶴吉(当時の警視総監)は、この事件をひとにきかれて、「あの事件の真相は、日本の国体が変わったときに初めて判る」といったという。この辺のところが真相かもしれない。

と述べている。怪しい陰謀の香りに満ちた怪事件でない!と言い切れるか?疑問を呈する次第である。
 おりしも、ライブドア事件に絡み、ライブドアによる企業買収にかかわったとされるエイチ・エス証券の野口英昭副社長(38)が18日午後、那覇市内で死亡し、自殺とされている。『昭和は”陰謀”と”魔法の杖”で開幕した』と、半藤一利氏はいう。平成の今は、どうなのか?
【修正 2006/01/28】

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