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昭和5年ごろの日本の状態 

【橋本欣五郎 手記から】
 半藤一利氏は「昭和史」のなかで、「昭和は”陰謀”と”魔法の杖”で開幕した」と書かれている。昭和史について、多くの書籍があるが、曰く、「昭和史の謎を追う」(秦 郁彦)、「昭和史発掘」(松本 清張)などなど、なにか暗い影をにおわせるものが多い。昭和初期とは、一体どのような時代で、どんなことが起っていたのか?
 橋本欣五郎は、A級戦犯であり、東京裁判で終身刑の判決を受けた。その彼が、昭和5年ごろの国内政治社会観について、その手記で次のように述べている。誤解を避けるために言っておくが、筆者は彼に心酔しているわけではない。あくまで、一つの資料として掲載している次第である。


 明治以来隆々として発展した日本も、昭和時代に入って人心ますます弛緩し、滔々として自由主義の思想が漲り、国家観念は極度にうすれ、個人主義の思想は津々浦々にまで充満し、かつ、大正末期ごろから共産主義が入りこんで世界無比の国体まで危うくしようとする有様は、心ある者をしてつくづく国家の前途に危惧を抱かしめるに至った。
 また、政治は何ら国民の幸福を願うの政治ではなくて、政権の争奪に日を暮らし、政党は資本家の走狗となり、その腐敗は極度に達している。政治家の甚だしきは大臣たちの疑獄相次いで起り、天皇の御心はほとんど国民に及ばず、政党政治は天皇政府の唯一最大の障碍となっている観がある。
 経済は大いに発展したが、これはみな個人資本主義の極致であって、国家の利益は考えず、自己の利益のみに汲々とし、貧富の差は隔絶し、さらに資本家を代表する政党政府もまた国民の敵たるの観を呈している。このままで進むと国民の憤懣は爆発し、累を皇室に及ぼすことなきやを憂うるものである。さらに政府、政党、資本家たちはさらに覚醒せず、宮中の高官また政府者と合流し、為に国民の怨嗟の声が甚だしく起っている。
 外交もまた不甲斐なき有様で、恰も国際女郎の観がある。
 右のような状態を以って進むと、国民的大衆革命が起るであろうし、しかも、その暁には共産主義的傾向を生じ、無比の国体を損するに至ることは吾等同志の直観するところである。いかにしてこの有様を挽回し、天皇一本の政治にしたいため、吾等同志は日夜深く思いを凝らしているところである。

 明日以降、これについて、記事を追加してゆく。27日の記事「密室の佐分利公使」は、この記事に関係するものである。

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