スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

これからの生き方 

2005/06/22の記事を引越ししたものです。



 昨日、某メガバンクグループ主催の、「資産運用セミナー」で、養老 孟司さんの『これからの生き方について』と題する話を聞いてきた。
 氏は、昭和12年生で、自ら、戦後教育を受けてきた人間であると明言された上で、戦後教育の特徴を、『自己』、『自分』、『個性』、『自分に合った仕事(大阪のハローワークの広告)』などのキーワードから、本当の教育ではなく、[我がまま]を助長する教育である。また、教師というものは、飾りをつける教育をやってきて、まともな教育がなくなったと批判されていた。特に顕著なことは、1960年を境として、個性に合わせた教育が行われ、それ以前の教育を『封建的教育』として、時代に合わずとして、退けられてきたと述懐されていた。
 社会一般に受け入れられる考え方、行動基準をもっていてはじめて、社会人として受け入れられ、「人の心が分かる心」を持つことが教養であるとも述べられていた。
 ゴミの散らかった部屋を掃除機できれいにしたつもりでも、そのゴミの処理(廃棄、焼却処理)の結果、地球温暖化につながるのであって、小さい部分ではキレイになっても、グローバルな観点からは、決してキレイになっていないと例示して、観点を変えて物事を考える必要があるとの話があった。
 非常にお話の上手な先生である。東大の教授を長年やっておられたのだから当たり前といえば当たり前の話であるが、先生を長年やっておられた方、必ずしもそうではない。


 このときに、「風が吹けば、桶屋が儲かる!」という諺を思い出した。この論理は、次のとおり。

風が吹く
⇒砂埃が舞う
⇒砂埃が舞うと目に砂が入って失明する人がいる
⇒失明した人は琵琶法師になる (一説には、三味線ひきになる)
⇒琵琶法師が増えると、三味線の需要が増える
⇒そうすると、三味線の素材である猫の皮を採取するために猫の数が減る
⇒猫の数が減るとネズミの数が増える
⇒ネズミの数が増えるとネズミに桶をかじられることが多くなる
⇒そのため、桶の需要が増える
⇒結果として、桶屋が儲かる


ということになる。
 「事実はこうである、したがって○○ということが起こる」、これを繰り返し、結果を導き出す論理である。下手な使い方をすると、所謂「屁理屈」になるが、ある事実に基づく次の事象の発生する確率が高ければ高いほど、この論法は説得力が出てくる。
 上に、『風が吹けば桶屋が儲かる』という諺を書いたが、本当のところこれは諺ではなさそうである。これは、やはり屁理屈に近い。一つ一つの連鎖が起きる確率は非常に低いから、全体としては、そのようになるとは考えにくい。江戸時代の洒落もしくは余興だったようである。
 しかし、話術として、連鎖事項が、夫々発生する確率の高い事象をこのように並べてゆくと、説得力が出るといいたかったのである。
 養老名誉教授のお話。東大医学部で、アレフ(オーム)の信者であった学生が、真面目な顔で、「尊師が、水中に一時間入る行をされるので、先生に立ち会っていただきたい。」と申し出たそうである。これにはたまげられたようである。いやしくも、東大に入ってきた学生が、本当に、今流行の言葉で言えば「マジ」で、こんなことを信じているのか?と、唖然とされたそうである。
 聞いていた私も、「はて、東大に入るほどの人間が、一体どのような教育を受けて、難関を突破してきたのであろうか?」と疑問を抱くと同時に、小学校、中学校、高校の教育は一体どうなっているのか」とため息がでた。我々国民学校出身は、反復練習の繰り返しで、基礎学力を身につけてきたと自負している。しかし、受験となると、なにか、特別のやり方があり、大学の受験には、それなりのハウ・ツーもの(旺文社の「蛍雪時代」など)で勉強したものであるが、普通の人間が、水中に一時間も居られるなどとの非常識は持ち合わせない。しかし、こんなことを信じていた「東大生」がいたことは、まぎれもない事実のようだ。
 こう考えてくると、教育とは恐ろしいものである。『気になる数字』で、児島 襄氏の「太平洋戦争(下)」 (中公新書 2005年第5版 221頁)に、「米兵の日本(ドイツ)にたいする心理」の数字を引用した。調査対象となった、太平洋、ヨーロッパ戦参加各2個師団兵は、戦争遂行のため、軍事教育を受けてきたから、しかも、戦争というのは、相手を殺さなければ自分が殺されるというものであるから、相手を殺してでも勝たねばならない。それにしても、同じ質問に対する回答として、日本兵に対するものと、ドイツ兵に対するそれは、これほど異なるのは何故か。
 質問 「日本(ドイツ)兵を殺すことをどう考えるか」への回答で、対日本兵には、「心から殺したい」が44%に比べ、対ドイツ兵では、6%、「やむをえぬ義務だ」とする回答が、32%対52%である。
 教育の問題なのか、はたまた、人種偏見の問題か?

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。